特に1912年(明治45年)からは新橋(東京)-金ケ崎(敦賀)間を直通列車が走り、連絡船で敦賀港からウラジオストク(ロシア)へ渡り、そこからシベリア鉄道でヨーロッパまで行く「欧亜国際連絡列車」という壮大な路線が確立されました。ブラタモリでも映っていましたが、当時は「東京-敦賀-ウラジオストク-ベルリン」というとてつもなく長距離の鉄道切符がありました。

その発着駅である金ヶ崎駅(旧敦賀港駅)を再現した建物が現在の敦賀鉄道資料館です。

とんがり屋根が印象的な建物で、1999年の「つるがきらめきみなと博21」開催時に再現されました。

第2次大戦によって大陸との連絡が途絶えると、旅客列車は廃止され、終戦後も復活することはありませんでした。しかしこの資料館に来ると敦賀とヨーロッパをつないでいた貴重な鉄道の歴史がよくわかります。1枚目の写真の東京-ベルリンの切符もあります。

また当時使われていた線路や信号機などの実物も保存され、時刻表や切符など貴重な資料とともに展示されています。

敦賀鉄道資料館はブラタモリでは扱われませんでしたが事前に番組スタッフが訪れていたのは間違いありません。ただ施設まで紹介すると45分の番組では収まらなかったのだと思います。
このあたりは赤レンガ倉庫などの見どころの多いエリアです。3月に北陸新幹線が延伸されると訪れる人も増えるかもしれません。

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