麒麟は来たのかな・・

大河ドラマ「麒麟がくる」ついに終わりました。これまで1年以上見てきたので来週から日曜日の夜が淋しいです。

大津の坂本城址の近くに明智光秀像があり、その横には歌碑があります。歌は鳥羽一郎の「光秀(おとこ)の意地」です。「光秀」と書いて「おとこ」と読ませるあたり、なかなかユニークです。それでも歌詞は今回の光秀を彷彿とさせる内容です。
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伝説ではありますが、光秀と妻・煕子には数々の夫婦愛エピソードがあります。ドラマでは煕子の最期は比較的あっさりと描かれていましたが、もう少し時間を割いてもよかったような気もします。
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坂本城近くにある西教寺には明智一族の墓と妻・煕子の墓があります。隣同士で仲良く眠っています。
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大河ドラマ館はドラマにゆかりのある場所に置かれます。関西では京都の亀岡にあります。もちろん現在の亀岡市に築城された亀山城明智光秀の丹波攻めの拠点であり、最終回でも描かれていたように本能寺へもこの城から向かったわけですから、とても重要な場所です。しかし最終回まで番組最後の紀行コーナーで紹介されることはなく、亀岡の観光協会は落胆のことでしょう。
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ドラマの本能寺の変のあとの描き方には賛否両論があるかもしれません。中国大返しから山崎の合戦細川藤孝や他の武将の裏切りを市川海老蔵のナレーションで済ませ、殺された場面も説明もなく、一気に3年後に場面が飛んだわけですからね。しかも架空の駒が足利義昭に「十兵衛様は丹波の山奥で生きている噂があります」と話し、京で光秀を見かけるという思わせぶりなラストシーンでした。明智光秀は「南光坊天海」となって徳川家の支えになったという伝説を意識した感じです。

考えてみれば、本能寺の変のあとは光秀にとって悪いことばかりでしたから、ここまで描いてきた光秀像を壊さないようにするには必然的な最終回の描き方だったのかもしれません。個人的には、3年後という光秀と敵対していた秀吉の時代にラストシーンを持ってきて、明智光秀は麒麟を連れて来れたのかはっきりせず、少しもやっと感もありますが、視聴者がそれぞれの思いで解釈できるラストは大河ドラマとしては斬新と言えるのかもしれません。

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