お東さんと競馬

京都東本願寺です。下の写真は正門にあたる御影堂門で、木造建築の二重門として日本一の高さといわれており、国の重要文化財に指定されています。
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ところで今週の日曜日(28日)は競馬のG1天皇賞・春京都競馬場で開催されます。それを盛り上げるために「馬宴 in お東さん広場」というイベントが東本願寺御影堂門前の広場で催されています。ちなみにお東さんというのは東本願寺を指します。
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お馬すくいや馬輪投げなど馬だらけの「ウマ縁日」やVR馬術体験など、馬をテーマにした様々な企画が行われています。
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以前このブログで、桜花賞のPRイベントでJR大阪駅で見たリアルに動く馬ロボットの写真を載せましたが、ここでも見かけました。屋外で見るとよりリアルさが増します。
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騎乗体験もやっていましたが、外見だけでなく、仕草も実にリアルでした。
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おとなも子どもも楽しめるイベントとパンフレットには書いてありましたが、60代のおっちゃんが単独で楽しむには少し抵抗がありました。と言いつつも、景品で下の写真の馬のお面と駄菓子セットをもらいました(。-_-。)
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ついでのようで申し訳なかったですが、東本願寺も参拝しました。下の写真は明治28年に再建された御影堂で、高さ38m、正面76m、側面58m、堂内の畳は927枚という大きさです。御影堂門と同じく国の重要文化財です。
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御影堂の南に建つ阿弥陀堂は御本尊の阿弥陀如来を安置するお堂で、これも国の重要文化財です。
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本願寺には西と東がありますが、2寺の違いは簡単に言えば、織田信長との争いで、信長の死後に和睦して豊臣秀吉と接近したのが西本願寺で、徹底抗戦して後に徳川家康に接近したのが東本願寺です。
寺院の前で競馬イベントというのは少し違和感がありますが、それでも京都に縁のある天皇賞ということで門前でイベントが行われていたのでしょうかね。

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大絵馬まとめ

今日で1月も終わりです。「1月は行く」という言葉がありますが、いかがでしたでしょうか。
今日のブログでは私が参拝した神社の大絵馬をまとめて掲載して、1月の締めくくりにしたいと思います。

護王神社京都) 高さ2.7m×幅4.3m
宝玉を持って雲間から現れた神龍です。暗雲を切り開き、新年が明るい世の中となりますようにとの願いが込められています。日本画家の曲子明良氏の原画によるものです。
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梅宮大社京都) 
福井市東郷子安の地蔵院奉賛会より奉納された大絵馬です。
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松尾大社京都) 高さ3.2m×幅5.5m
雲の切れ間から現れた龍に、瓢箪や松竹梅などの縁起物が描かれた作品で、京都の版画家・故井堂雅夫氏の原画によるものです。
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服部天神宮豊中
地元の中学校美術部や氏子有志による絵だそうです。。
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生田神社神戸) 高さ2m×幅3m
中央に龍の顔が大きく描かれていて、躍動感のある絵です。画家の新井茂信さんの作品です。
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湊川神社神戸) 高さ2.4m×幅3m
宮島の民芸品「張り子」をモチーフにした絵で、絵の中に3つのハートマークが隠されているとのこと。日本画家の熱田守氏の作品です。
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生島神社尼崎
かわいい龍の親子が描かれた絵馬です。尻尾はハートマークになっています。デザイナーのモエナさんの作品です。
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明日から2月です。まもなく立春ですが、まだ寒い季節は続きます。1日も早く暖かい季節になってほしいものです。

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平安時代を感じられる穴場

NHK大河ドラマ光る君へ」も第2回で紫式部役の吉高由里子藤原道長役の柄本佑が登場し、いよいよドラマも本格スタートです。

ところでドラマで描かれる平安時代の雰囲気を味わえる場所があります。
京都風俗博物館は『源氏物語』や藤原道長・紫式部の世界を4分の1サイズの大きさで表現している博物館です。
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入ってすぐの場所には、藤原道長が三女を後一条天皇の皇后とし、盤石の地位を得たときの宴の様子が再現されていました。下の写真の人形は藤原道長です。
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そしてそれを後ろの方から見守る道長の教育係の紫式部もいます。
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となりのエリアは光源氏の娘・明石の姫君の裳着(女子の成人式)の様子です。下の写真の手前が光源氏、奥が紫の上です。
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このように儀式の様子から建物や衣装、調度品まで忠実に精巧に再現されています。
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展示内容は定期的に変更されるようです。外国人にウケそうなのですが、あまり知られておらず、このときも貸し切り状態でした。撮影OKですので、大河ドラマが回を重ね、この博物館の存在が知られ始めると一気にSNSで拡散するかもしれません。
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場所は西本願寺前の井筒左女牛ビル5階にありますが、表示がないので少々わかりづらいです。入館料は800円です。私が昨年行ったときは500円でしたが一気に300円も値上げされたようです。せめて注目される可能性のある今年は入場料を据え置いてお得感を出した方がよかったような気もします。

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コスパを優先した紅葉狩り

兵庫県庁のすぐ北に相楽園という庭園があります。これまで何度か訪れたことはありますが、今回はここへ紅葉を見に行きました。
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この場所には明治の政治家小寺泰次郎の邸宅がありましたが、神戸空襲で建物のほとんどが焼失しました。その後、2万平方メートルの敷地は神戸市の所有となり、庭園部分は都市公園としては珍しい池泉回遊式日本庭園として整備されました。
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敷地内には3つの重要文化財があります。

旧小寺家厩舎
明治43年頃に建築された厩舎です。空襲でも焼けずに残りました。円形の塔屋、急勾配の屋根と屋根窓などの外観が印象的です。
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旧ハッサム住宅
英国人貿易商のハッサム氏が明治35年異人館街に建てて住んだもので、昭和38年に移築されました。下の写真の真ん中に写っているレンガ造りの物は屋根にあった煙突です。阪神淡路大震災時に天井を突き破って1階まで落下したものを保存・展示しています。
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船屋形
江戸時代、姫路藩主の川御座船の屋形部分だけが陸上げされたものです。建造年代は1682~1704年と推定されています。現存する川御座船としては国内で唯一のものだそうです。
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もみじは日本庭園の池のまわりなどに植えられていますが、いわゆる「紅葉の名所」と言われるところと比べると一面が真っ赤というわけではありません。ただ写真の構図次第ではそれらしい写真にはなります。
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京都の紅葉の名所は確かにそれだけの価値はありますが、とくに有名な寺社はとんでもない混雑ぶりで、紅葉を見て楽しむ以前に人の多さに疲れます。それに比べるとここ相楽園はゆっくり回れます。このときも人のいない庭園を順路を行ったり来たりしながら2周しました。
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京都の紅葉名所の寺院の拝観料はこの時期だけ特別料金になり、最低でも千円を下らないのが相場です。しかし相楽園の入園料はわずか300円(私はJAF会員なので270円)です。県庁前ですのでJR・阪急・阪神・地下鉄の各駅から歩いて来れますし、コスパとしては申し分のない庭園です。

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日本最小の石庭

京都大徳寺の塔頭のひとつに龍源院という寺があります。下の写真の龍源院の方丈は1517年頃の建立で国の重要文化財です。
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この寺には4つの枯山水庭園があります。枯山水というのは、水を使わずに石や砂、植物などを用いて水が流れる風景を表現した石庭で、禅宗の寺院に見られる庭です。

龍源院の主庭となる方丈前庭「一枝担(いっしだん)」です。苔によって大きな亀島を表現しているのが特徴的な枯山水で、1980年作庭の新しい庭園です。
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滹沱底(こだてい)」は「阿吽の石庭」とも呼ばれる坪庭です。
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両端にある阿吽の石と名付けられた2つの石は秀吉の聚楽第の遺構ともいわれています。
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室町時代に相阿弥が作庭したと伝わる「竜吟庭」です。杉苔は大海を表しているそうです。
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東滴壺(とうてきこ)」 は方丈と庫裏との間の狭小な空間につくられた壺庭です。1960年に作庭された現代壺庭で、日本最小の石庭といわれています。
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この寺には庭園以外にも豊臣秀吉徳川家康が対局したと伝わる「四方蒔絵碁盤」や長谷川等伯「猿猴図」狩野探幽「達磨図」などの文化財がありますが、すべて撮影OKです。拝観料は350円ですので大徳寺に来たらぜひ見学する価値ありです。

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京都の「二大いちゃもん事件」

京都大徳寺は1315年に創立され、20を超える塔頭を有する大きな禅宗寺院です。
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禅宗寺院の伽藍配置は下の写真のように山門や法堂が一直線に並びます。大徳寺の一般参拝客は通常この伽藍内に入ることはできません。
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伽藍の中でも有名なのは「利休木像事件」で知られる山門の金毛閣です。この金毛閣の2階に千利休の木像を置いたことで、豊臣秀吉は山門を通るたびに利休に足で踏みつけられていると激怒し、切腹させるに至ったという話です。
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そして、利休の首は一条戻橋で自身の木像に踏ませる形で晒されたと伝わっています。この「利休木像事件」は京都の「二大いちゃもん事件」と言われています。確かに木像を置いたのは大徳寺ですし、完全に「いちゃもん」です。
天下人になり、傍若無人になった秀吉らしい話ですが、利休の切腹理由は、この木像事件以外にも諸説あります。しかしどれも決め手に欠け、真相は謎とされています。
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歴史好きからするとじっくりと見たい大徳寺金毛閣ですが、伽藍内には入れないので山門に近づくことはできません。写真も柵の隙間や上から盗撮のようにして撮るしかありません。
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ただクラウドファンディング20万円を寄付すれば、そのリターンとしてこの山門の下をくぐれるそうですが…(`o´)
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ちなみに京都の「二大いちゃもん事件」のもうひとつは、徳川家康が豊臣家を滅ぼした大坂の陣のきっかけとされる「方広寺鐘銘事件」です。方広寺の鐘に豊臣秀頼が刻んだ「国家安康 君臣豊楽」という銘文に徳川家への悪意があると「いちゃもん」を付けました。
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これらの京都二大いちゃもん事件」をドラマで描くには、ある程度いちゃもんをつけた側の秀吉家康を悪者にしないと成り立ちません。大河ドラマどうする家康」では「方広寺鐘銘事件」をどう扱うのか楽しみです。

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麒麟のかけらも無かった

明智光秀本能寺の変織田信長を討ったあと、すぐに羽柴秀吉に敗れ、居城である坂本城に向かって逃げる途中に落ち武者狩りに遭って落命したと伝えられています。前回のNHK大河ドラマどうする家康」ではそのシーンが描かれていました。

明智光秀が命を落としたという言い伝えのある京都小栗栖の竹藪に行ったことがあります。そこは現在は明智藪と名付けられています。
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しかし、いざ行ってみると藪はほんの申し訳程度を残して伐採され、見る影もありませんでした。
明智光秀がこの辺りで殺されたとすることさえ異論がある中で、襲われた場所をピンポイントで特定する証拠はありません。あくまで伝承なので、明智藪には歴史的価値はなく、土地の所有者も治安や防災面から藪を保存することが困難だったようです。
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今回の大河ドラマでは明智光秀はずいぶんマイナスのイメージで描かれていました。それと違って明智光秀のイメージが爆上がりしたのは3年前の大河ドラマ麒麟がくる」でした。長谷川博己さんが演じた明智光秀はさわやかで情に厚く、また妻思いの武将として描かれ光秀ファンが急増しました。
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麒麟がくる」では最期の落ち武者狩りシーンは描かれず、光秀は生き延びて天海僧正として徳川家に仕えたという伝説を匂わすような最終回でした。その伏線として風間俊介演じる徳川家康長谷川博己明智光秀を兄のように慕い尊敬する場面が多くありました。しかし「どうする家康」では明智光秀は完全な悪役で「憎き家康の首を何としてでも取れ~!」と叫び、家康との関係も「麒麟がくる」とは真逆の設定でした。
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明智光秀が丹波を平定した後に治めた京都福知山では名君として語り継がれています。同じく忠臣蔵の吉良上野介も地元では名君だったという話です。
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このようにドラマとして描く側の意図や脚本、演じる俳優によって同じ歴史上の人物でもまったく異なる印象になります。このさじ加減が制作側の難しいところでもあり、見る側も大河ドラマだからといって描かれる人物像をそのまま鵜呑みにしてはいけないということです。

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やっと見た飛雲閣

先週のNHKブラタモリ京都の山科にあった山科本願寺について触れていました。土塁と堀に守られた巨大な要塞のような寺だったようです。大阪城の場所にあった石山本願寺も要塞のような寺であの織田信長も10年かけても攻略できませんでした。信長から和睦の申し出があったときにそれを受け入れるかどうかで本願寺内部が2派に分かれてしまい、それが現在京都西本願寺(和睦派)と東本願寺(抗戦派)がある理由です。
西本願寺は浄土真宗本願寺派の本山です。下の写真は総門からみた御影堂門です。たまたま車は写っていませんが2つの門の間に国道1号線が通っています。
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御影堂門から入ると正面が御影堂、その右隣りが阿弥陀堂です。両方とも国宝建築です。西本願寺には国宝建築が多くあります。
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境内の南にある唐門国宝です。豊臣秀吉の聚楽第の遺構という説もあります。豪華絢爛な外観は秀吉の好みのように思えます。
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そして今回の目的だった飛雲閣です。国宝の三層楼閣で、金閣銀閣と並んで「京の三名閣」と呼ばれています。ここも聚楽第の遺構という説があります。かねてから見学したかったのですが、通常は非公開で稀に公開されます。公開期間が短いことも多く、常にチェックしていないと見逃してしまいます。今回はたまたま公開終了間際に知って、終了3日前に訪れました。(21日で公開終了)
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かつて建物に入るのは池から舟で入るしか方法がありませんでしたが、今は池に石橋が架けられ、歩いて入れるようになっています。ただ公開期間でも建物内部には入れませんでした。
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2階には回廊があり、板戸には三十六歌仙が描かれています。3階は滴星楼と呼ばれる小さな展望室があるだけです。
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建物は全体的に左右非対称で、破風の形も左右で異なっています。窓のデザインも統一されていません。それが飛雲閣の味わいになっています。
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飛雲閣以外にも国宝書院も特別公開されていました。内部は撮影禁止なので写真はありませんが、美しい金碧障壁画や重厚な彫刻で飾られており、現存する最古の能舞台も見どころです。
建物を見るのであればこうして西本願寺の方が見応えがあるかもしれません。

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東寺五重塔を超える幻の大塔

先週のNHKブラタモリ京都東寺でした。番組でも取り上げられていましたが、東寺といえば日本で現存するもっとも高い木造の塔である五重塔が有名ですが、今から600年前、京都にはそれをはるかに超える高さの七重塔がありました。
室町時代足利義満相国寺に建立した塔で、高さは109mあったと伝わっています。東寺五重塔高さ55mですから、その倍の高さの規格外の塔だったようです。
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この七重塔は建立後に何度となく焼失しては再建されましたが、1470年に焼失したのを最後に再建されなくなりました。室町幕府の権力が衰えたのですね。

この塔があったとされる場所に行きました。そこには案内板と碑がありました。上の七重大塔のCG写真も案内板にあったものです。
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ちなみに碑を見るとここには幕末には西郷隆盛の邸宅もあったようです。さらに驚いたのはノーベル賞学者の湯川秀樹氏も住んでいたようです。すごい場所ですね。
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塔のあった相国寺は今も大きな寺院ですが、当時はそれ以上にとてつもなく大きかったようです。かつての敷地には今は同志社大学同志社女子大学があります。
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相国寺は室町将軍の足利義満の力を誇示するために建てられた寺といわれています。塔があったとされる場所の道路をはさんだ南には京都御所があり、ここに100mを超える七重大塔を建てるということはほとんど真上から天皇を見下ろすことになります。おそらくこれも権力の誇示でしょう。
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この七重大塔が幻といわれるのは正確な場所が特定されていないからです。昔の絵図塔之段町という地名からこのあたりに実在したことは間違いないようですが、いつか何かしら発掘・発見されれば塔の正確な位置や規模もわかるかもしれません。おそらくこのあたりの建物の下に礎石が埋まっているのでしょう。

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思いの詰まった大極殿!

下の写真の建物は何かわかりますでしょうか。古代史に詳しい方は平城京大極殿とおわかりかもしれません。
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大極殿とは朝廷の正殿で、即位の大礼や国家的儀式が行われる重要な建物です。このブログでも少し前に復元された奈良平城京大極殿の写真を載せました。下の写真がそうです。
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ところが1枚目の写真の大極殿はこの復元された奈良平城京大極殿ではありません。実は昨日紹介した阪九フェリー新門司港フェリーターミナルです。下の写真はフェリー着岸時に船上から撮ったものです。
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なぜターミナルビルを平城京の大極殿に模したかといえば…
阪九フェリーの北九州の発着港が小倉から新門司に移るとき、当時の社長がフェリーに乗って京都奈良へ行く人が増えてほしいとの思いから、平城京の大極殿を模したフェリーターミナルを建設したそうです。
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それでも私はてっきり奈良にある復元された大極殿を参考にこのフェリーターミナルを作ったものと思っていましたが、実はそれは誤りでした。というのも、現在の奈良大極殿が復元されたのは2010年ですが、この大極殿を模したフェリーターミナルが作られたのはそれより19年も前の1991年です。
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社長は少ない大極殿の僅かな資料を使い、時代考証も十分に行って完成させたという説明書きがターミナルの中にありました。たかがというと失礼ですが、フェリーターミナルに並々ならぬ思いと費用をかけて作られたわけです。どちらかといえば参考にしたのは後から復元した本家・奈良の方かもしれません

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